大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所 昭和23年(行)109号 判決

原告

影山忠雄

被告

岩手県知事

岩手県農地委員会

主文

原告の訴中、被告旧盛岡地区農地委員会又は岩手県農地委員会に対し、本件土地に付買収除外の指定を求むる部分は之を却下し、其の余の原告の請求はいずれも之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

被告岩手県知事が昭和二十三年八月一日附各買収令書を以て原告所有の別紙目録記載土地に付き為した自作農創設特別措置法第三条第一項第二号の規定による買収命令、被告旧盛岡地区農地委員会が右土地に対し為した農地買収計画、被告岩手県農地委員会の之に対する承認はいずれも之を取消す、被告旧盛岡地区農地委員会又は被告岩手県農地委員会は右土地に付き自作農創設特別措置法第五条第五号の規定により買収除外の指定を為すべし、右買収除外の判決が許されぬ場合には被告岩手県農地委員会が昭和二十三年六月三日右土地につき自作農創設特別措置法第五条第五号の買収除外を求めた原告の訴願を棄却した裁決は之を取り消す。

事実

原告訴訟代理人は、その請求の原因として

被告岩手県知事は原告先代影山善吉に対し自作農創設特別措置法第三条第一項第二号により昭和二十三年八月一日付買収令書により、買収時期昭和二十三年七月二日とし原告が所有する小作地中保有面積を超える田畑二十八筆面積三町八反七畝二十四歩を買収した。而して土地所有名儀人影山善吉は昭和十二年三月死亡したので原告が家督相続をなし不動産所有権を取得した。原告は財産税申告当時旧盛岡、中野、本宮各農地委員会地区内及簗川村に於て田四町九反三畝五歩及畑四町八反一畝二十二歩計九町七反四畝二十七歩を所有し居たところ、原告は旧盛岡地区農地委員会の地区に属する盛岡市新庄字山王に住所を有する為中野、本宮各農地委員会地区及簗川村に於て所有せる田畑は自作田九畝十八歩を除き不在地主の所有する農地として全都買収せられ、旧盛岡地区農地委員会の地区に於て所有せる田畑は自作畑一反歩及小作畑一町九畝六歩を残し在村地主の保有面積を超える小作地として買収せられた。而して本件買収の土地中字天神下、鹿島下所在田四筆五反一畝二十一歩は学校住宅街なる天神町通と住宅商店街鹿島下の間に介在し三方宅地建物を以て囲まれ周囲は住宅街を形成し既に七〇%以上宅地化し唯一方のみ耕地に連らなるも僅少の田地を狹み城南中学校増築敷地たる市有地に接し原告は同所に工場新設を企図し居り近く宅地に変換せらるべく即自作農創設特別措置法第五条第五号所定の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」で主務省の第四号の指定基準等に関する通達中一、法第五条第四号の指定基準(2)指定地域の内(イ)七〇%以上が宅地化されて居り二一%以上が建物の建築面積である場合に該当するから第四号の規定と同樣なる第五号の規定による指定を為し第三条の買収より除外せらるべく農地として政府に於て買収し小作人に開放せらるゝ土地ではない。

買収土地中字新庄及鼻子所在畑三筆は原告の家業である瓦、煉瓦の原料土の埋蔵しておる農地で業務用粘土は掘取り使用すべく又採掘の場合には何時でも離作を条件として貸与し小作せしめ居る本業の継続に必要な土地で措置法第三条により政府が買収する農地即耕作の目的に供される土地に該当せず。原告は屋根瓦、煉瓦等の製造販売及之に附帯する業務を営み瓦工場を経営して居るもので原告家の瓦、煉瓦製造業は父祖伝来の家業で父善吉が山王に瓦工場を建設すると共に本業たる瓦、煉瓦の原告となる粘土を採掘するため原告土の埋蔵せる大字新庄字不動、新庄、鼻子、小杉山に在る右三筆の畑を含む畑地を買受け従来幾分を掘取り又今後採掘し事業を継続し併せてその拡張を企図し居るもので原料土埋蔵地たる右土地を買収せられて将来瓦、煉瓦の製造業を中止するの止むなきに至るべく又原料土採掘の権利保全の方法がないので他の原料土埋蔵地と同じく措置法第五条第五号の指定をなすべく又瓦粘土埋蔵地は農地としては収穫不定且安全性に乏しくその價値のなきに反し瓦、煉瓦製造上欠くべからざるものであるから同条第八号の農地に準じ同法第三条の買収から除外せらるべきものである。

被告旧盛岡地区農地委員会は第六期農地買収計画に原告所有に係る農地及宅地を編入するに際り買収除外地たる本件田畑をも含む土地を買収の対象となし昭和二十三年二月二十八日公告をなしたので原告は異議申立を為し次で被地岩手県農地委員会に訴願したところ昭和二十三年六月三日一部を容認し他を棄却すとの裁決をした。即ち原告所有の盛岡市大字新庄字小杉山九番畑一反二畝二十六歩、字不動六十五番畑一反二畝歩、字鼻子三番畑二反五畝八歩、計畑三筆五反四歩は粘土層六尺乃至九尺と算定せられ従て本人の事業経続の為に必要と認め買収計画より除外するとて訴願の一部を容認したが、其の他の農地(右本件天神下、鹿島下、鼻子三十三番の一畑三反七畝十七歩)は本人の事業と関係がなく自作農創設特別措置法第三条第一項第二号の該当農地として買収することが相当であるとなし訴願人の訴願要旨たる「天神下及鹿島下畑地は周囲住宅街を形成し七〇%以上の宅地になつているので近く使用目的を変更するを相当とする農地故買収から除外せられたい」との主張に対しては何等の判断を与えず慢然棄却の裁決を為し斯くて被告岩手県知事は昭和二十三年八月一日付を以て買収令書を発行した。

本件農地買収は措置法第三条第一項第二号「農地の所有者たる原告がその住所のある旧盛岡地区農地委員会の区域内に於て所有する保有面積一町一反歩を超える小作地」として買収を行うものであるから小作地一町一反歩の保有を認めねばならぬ。然るに保有を認められたのは曩に原告からの瓦粘土を埋蔵する農地の買収除外申請により旧盛岡地区農地委員会で措置法第五条第五号の指定をなしたる、盛岡市大字新庄字小杉山、新庄、鼻子所在畑三筆三反九畝二十四歩及岩手県農地委員会の訴願裁決に於て原料土埋蔵地として買収計画から除外と決した大字新庄字鼻子、不動、小杉山所在畑三筆五反四畝、計畑六筆八反九畝二十八歩に買収目的以外の大字新庄字鼻子二十三番の二畑五畝十三歩及字不動六十四番畑一反三畝二十五歩を加へ一町九畝六歩の保有を認めたものであるが買収除外地は措置法第三条第一項第二号所定の小作地でないから小作地の保有面積には算入せず。この外に一町一反歩の小作地の保有を認めるものと解釈せらるべく買収の目的土地中字新庄、鼻子三筆(瓦の原料土埋蔵地)の全部及字天神下、鹿島下の田四筆(宅地変更相当農地)の全部又は一部を本条の適用ある小作地として所有者たる原告に保有せしめることを得べく買収命令は取消さるべきものである。仍て本訴請求に及ぶ旨陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告請求棄却の判決を求め答弁として被告岩手県知事が本件原告主張の土地買収を為したこと、及原告主張の旧盛岡、中野、本宮各農地委員会地区内及簗川村に於て原告が田畑計九町七反四畝二十九歩を所有し、その主張の中野、本宮各農地委員会地区及簗川村に於て所有せる土地は田九畝十八歩を除き買収せられ旧盛岡地区農地委員会地区に於て所有せる田畑はその主張の反別を残し在村地主の小作地として買収せられたことは認めるが、原告主張の本件土地は近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地として買収から除外せらるべきではなく被告県農地委員会の裁決に原告主張の樣な不備はない。本件土地に付ては自作農創設特別措置法第五条第五号の指定なく又被告地原委員会に於てその指定をなす必要をも認めなかつたものである。本件字天神下及鹿島下の土地は現在に至る迄宅地化する必要もなかつたし又盛岡市の現状及建築の事情等から看ても極めて接近した将来に於て宅地として使用目的変更の必要が見受けられない。原告は同所に工場新設を企図せりと主張するがそれは単に工場敷地としたい地主の希望だけであつて右土地が近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であると謂うことは出来ぬ。又農地委員会が自作農創設特別措置法第五条第五号の指定手続をするか否かはその専権事項であつて他より之を強制すべきものではない。次に本件字新庄、鼻子の土地も現に農地であり小作地である以上之を買収し得べく、いわんや原料粘土が埋蔵されているか否か、真に採掘するか否か、採掘時期は何時であるか等の点が不明確な本件場合に於て買収除外の処置をとることこそ違法である。尚本件土地が土地使用目的変更を相当とする農地若くは原料粘土採掘用地として法第五条第五号により買収から除外せられるとしても法第三条第四項の反対解釈により地主の保有面積計算に際り除外地を之に算入すべきものであると述べた。(立証省略)

理由

凡そ行政訴訟に於ては或事件に関し被告たる行政庁に対し積極的に或行政行為を為すべきことを命ずる裁判を為すことは出来ぬと解するから、原告の被告旧盛岡地区農地委員会又は同岩手県農地委員会に対し本件土地に付自作農創設特別措置法第五条第五号による買収除外の指定を求むる請求は本案に立入る迄もなく不適法として之を棄却せねばならぬ。次に被告は右買収除外の指定を命ずる裁判が許されざる場台予備的に、被告岩手県農地委員会が原告の自作農創設特別措置法第五条第五号による買収除外を求めた訴願を棄却した裁決の取消を求めるところであるから、本案に入りて案ずるに、本件土地の現場検証の結果によるも本件字天神下及鹿島下の土地の状況上遽に右土地の買収除外を為さぬことが著しく社会通念に反すと認むることが出来ず又字新庄及鼻子の土地が原告の家業たる瓦、煉瓦等製造の原料粘土埋蔵地であるとするも被告主張の通り果して採掘せらるゝに至るか如何か、採掘の時期は何時であるか等の点が全然不明である本件の場合遽に右土地の買収除外をなすべきものでなく従て右土地の買収除外を為さぬことが著しく社会通念に反すると認めることは勿論出来ないから本件各土地の買収除外を為さぬことを以て違法であると謂うことは出来ずかゝる場合買収を為すと否とは全く被告県農地委員会又は地区農地委員会の自由裁量に属すと云うベく、従て又右指定を求むる原告の訴願を棄却せる裁決の取消を求むる本件訴は理由ないものである。

次に本件原告所有土地が自作農創設特別措置法第三条第一項第二号により買収せられた農地であることは当事者間争なく尚右土地買収計画当時之に付自作農創設特別措置法第五条第五号による買収除外の指定の無かつたことも当事者間争ないところであるから本件土地中字天神下及鹿島下の分に付自作農創設特別措置法第三条第一項第二号による買収を為すことは当然で何等違法ないものと云わねばならぬ。次に原告は本件土地中字新庄及鼻子所在地は自作農創設特別措置法により買収する農地ではないと主張するが、同法に所謂農地とは現に耕作せられ居る土地又は現に耕作されてなく共直ちに耕作できるようになつて居る土地の謂であり右土地が現に耕作せられ居る土地であることは争なきを以て同法に所謂農地に属するものと謂うべく、尚本件土地買収計画当時右土地に付同法第五条第五号又は第八号による買収除外の指定がなかつた以上本件買収は何等違法がないと謂わねばならぬ。従て被農県知事の本件買収、被告農旧盛岡地区農地委員会の本件土地に対する買収計画、被告県農地委員会の之に対する承認は何れも正当で之が取消を求むる原告請求は理由がない。次に原告は旧盛岡地区農地委員会の地区に往所を有し同地区に於て有する自作畑一反歩及小作畑一町九畝六歩を残し在村地主の保有面積を超える小作地として買収せられたことは当事者間争ないところであるが、成立に争ない甲第三、四号証によると旧盛岡地区農地委員会は原告所有畑三筆三反九畝二十四歩に付自作農創設特別措置法第五条第五号の指定をなし、岩手県農地委員会の訴願裁決に於て畑三筆五反四歩に付瓦、煉瓦原料土埋蔵地として買収計画除外と決したことを認めることが出来、右畑一町九畝六歩の内には右除外地を包含するものであることに付ては被告は明に争わず又弁論の全趣旨から之を争うものと認められぬから自白したものと認むべく、而して右措置法第五条第五号による買収除外地は同法第三条第一項第二号による在村地主の保有地の内に之を包含せしむべきもので右除外地の他に更に右保有地を買収より除外すべきものではないから此の点の原告主張は理由がない。

仍て訴訟費用負担に付民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(大竹 榧橋 棚村)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例